サッカー ワールドカップで

激戦を終えた日本代表チームが

帰国しました。

 

おつかれさまでした!!

 

試合の運び方、結果等々、

様々な意見も飛び交った日本チームでしたが、

選手たちの 真剣なプレーには

拍手でした!

 

選手たちのプレーと合わせて

今回、話題になっていたのが、

 

日本人の素晴らしさ」です!!

 

日本のチームワークの「和」の

素晴らしさはもちろんのことですが、

試合終了後 サポーターの方々が

客席を清掃される姿も大きな話題と

なりました!

それは、たとえ日本が負けた試合であっても、

変わらず、きちんと清掃をして帰る

そんな日本人サポーターの姿勢は

海外からも、称賛されたようです。

 

また、日本代表選手のロッカールームも

使用後とは思えないほど

きれいな状態にして 選手たちは

ロッカールームを後にしていました。

 

立つ鳥 後を濁さず。。

 

という諺が 浮かんできます・

 

この「きれいにしよう」という

行動の元になる気持ちは

「お世話になりました!」という

「感謝」が出来る「日本人の心」

なのではないでしょうか。

 

ちなみに 選手のロッカールームには

青い「折り鶴」と共に

「ありがとう」とロシア語で書かれた

カードが残されていたとのこと。

 

自分たちが 

使わせてもらった場所を

もとの状態に もどして

お返しする。

 

これは「あたりまえ」のことのように

私たちは思いますが、

海外の方からみると「特別なこと」のようです。

 

ふと このニュースを知って

思い出したのが

以前、幼稚園に赴任してきた

外国人のスタッフが

日本に来て驚いたことのひとつに

「学校で、生徒が教室の掃除をすることに、すごく驚いた!!」

と言っていたことです。

「それじゃあ あなたの国ではだれが 教室の掃除するの?」

と尋ねると

「清掃員の方が掃除するから生徒は掃除しないよ!

 生徒が掃除したら、清掃員さんの仕事が奪われてしまうでしょ。

 だから、清掃員さんも仕事が出来るからハッピーなんだよ

 だから、どんどんやってもらえばいいんだよ」とのこと。

 

つまりは、清掃員さんたちに

仕事を与えているんだから

彼らも喜んでいる、

生徒たちも掃除しなくていい

だからそれでwin win!

といった感じでした。

 

今回のサポーターの方々の姿を見た時、

このかつての会話を思い出し

日本では小学校から

掃除の時間があるということは

教育の一環としてとても

いいことなんだなあ・・

という思いを 新らたにしました。

 

掃除の経験を重ねていくと

汚した後始末の苦労が身に沁みます。

そんな経験の中で、

「環境を整えようとする気持ち」

の素地が育ち、ひいては

「汚さないようにしよう」

と、心がける気持ちも育っていくように

思います。

 

普段から、汚しっぱなしで

自分が汚したところは、

誰かが掃除をしてくれる

という環境の中では、

「場を整えながら生活しよう」

とする習慣は育ちにくいと思います。

 

また、掃除のみならず、様々な場面で

自分の行動の後始末を自分でする習慣が

身についていれば、

他の方が、自分のフォローをしてくださった場合など、

「あ!本当は私がしなくてはいけないことを すみません」

という気持ちが自然と湧いてきて、

「ありがとうございます」

という気持ちもこみ上げてくるように思います。

 

たとえ、それが「仕事として行っている方」に

よるものであっても、同じように

「自然に頭が下がっていく」ように思うのです。

 

「物を大事にするということは

 その物に感謝を込めるということ」

と、かつて、恩師から教えていただいたことがあります。

 

まさに、今回のワールドカップで

日本人の姿が世界中から

称賛されたのは

 

使わせて頂いた場を大事に思い、

その場に感謝をこめている姿・・・

 

お世話になりました!

 

という気持ちだったように思います。

 

将来、子どもたちが 

グローバルな活躍をしていくためには

英語を話せることも、

もちろん大事ですが

そこに プラスアルファとして、

日本人としての良き文化を

身に表せることが

日本人としてのアイデンティティーを持った

真の国際人として輝いていけることに

つながるのではないかと思うこの大会でした。

 

それにしても

ベルギー戦

残念でした・・・・

 

4年後 いいえ 

2020東京オリンピックにむけて

 

がんばれ! ニッポン!

 

 

 

「ベビーテック」という言葉を

最近、よく耳にするようになりました。

 

エデュケーションテクノロジーの略称の

エドテックと同じように

「ベビ―テック」は

ベビーテクノロジーの略称で、

いわゆる 出産や子育てを

ITの力で助ける技術のことを言うのだそうです。

 

妊娠中からスマホアプリで、

陣痛の間隔を記録し、お産の進み具合を

把握したり、母子手帳も

デジタル化したり・・・

 

赤ちゃんの寝返りのタイミングも、

知らせてくれるアプリがあったり

ミルクを飲んだ量や温度を記録できる

スマート哺乳瓶なども登場とのこと。

 

時代はビュンビュン進んでいますね。

 

これからも

子育てをたすけてくれる

技術のニーズは増え

一層、技術開発が進みそうです。

 

さて、このベビーテックという言葉から

ふと思い出したのが、

筆者の 遥か昔の子育て中での

衝撃的なベビーテクノロジーです。

 

それは・・・

 

き紙おむつきの登場でした!!

 

30年近く前に、

子育てをしていた筆者は

赤ちゃんには「布おむつ」が

当たり前の時代でした。

なので、妊娠中には

せっせと布おむつを準備し、

生まれてからは、

雨が降れば

家中におむつ干して

おむつの中で生活するのが

雨の日の風景でした。

 

なので、使い捨ての「紙おむつ」

の登場には 

 

おおおっ!! 

何と素晴らしい!と

 

大感動!!!バラ

 

しかし、今でこそ安くなった紙おむつですが、

出たての頃は とっても高価で、

なかなか「普段使い」が出来ませんでした。

従い、あこがれの紙おむつでしたが

外出時に時々使っていた程度でした。

 

保育園もまだまだ

紙おむつは禁止で、

布おむつを二枚重ねたセットを

束にして、持っていく、そんな日々でした。

 

そんな紙おむつの

今でも忘れられない

宣伝文句が

 

「家事の負担が減った分、

 お子さんに向き合える時間が

 増えますよ」といったもの。

 

だがしかし・・・アセアセ

ぐうたらかあちゃんの筆者の場合は、

紙おむつを使った時の

家事軽減時間は、

子どもに向き合うことは

恥ずかしながらせず、

自分の時間にあてていたことを

思い出します。時々ウインクペコちゃん汗

 

それでもそんな

自分の時間が持てて

心に余裕ができる分、

子どもに対して

穏やかな笑顔を向けられて

いたようにも感じています。

 

苺子育ては、まずは楽しむ苺

これが、子どもにとっても

親御さんにとっても大事だと思います。

 

疲れてヨレヨレになってしまっては

楽しむことはおろか、

感情的になりがちです。

 

技術の力で、

家事や育児の負担軽減ができるのなら

取り入れること大いに結構!

 

そこで 生まれた余力を

技術の力では

どうしても及ばない

 

き愛情、スキンシップ 言葉がけき

 

を、より豊かに濃密にして

これからの時代のママ、パパが

子育てを「大変!!」と思わずに

 

ハート楽しい!嬉しい!ハート」が

 

子育ての代名詞になるような・・

そんな時代になりつつあるんだなあ・・

なーんて、嬉しく思います。

 

いろんな技術を上手に取り入れながらも

技術だけでは及ばない

大切なこと

より磨きをかけ

子育てを楽しみたいものですね!ハートハートハート晴れにじ

 

 

 父の日が近づいてくると

小さい頃のことを思い出します。

 

実は筆者は、幼い頃

この「父の日」が大嫌いだったのです。

 

理由は 母子家庭だったからです。

母と自分と二人だけの生活でした。

 

子どもの頃は やはり

お父さんが欲しくて欲しくて

たまりませんでした。

 

友だちの家に遊びに行って

お父さんという存在を目のあたりに

するたびに

「いいなあ・・」と

ため息をつきながらの帰り路でした。

 

そして例年、父の日が近づくと

保育園でも小学校でも

「お父さんの顔」を描きましょう

という先生からの魔の宣告がありました。

 

そのたびに、

「どうしよう・・・」

と悩みました。

幼い自分は先生に

「お父さんいないから描けません」と

言ったらいいものなのか、

言うにしてもどうやっていうのか

勇気が出せず、もじもじしていた

ことを思い出します。

 

なので、「父の日」と聞くたびに

「やだなあ・・」と

なったのです。

 

しかし!!

昭和一ケタの肝っ玉母さんの母は

私のかわいい悩みなど、

その都度 笑い飛ばし

 

「何をくよくよしてるの!

 うちはね、お母さんがお父さんの分まで

 頑張っているんだから!

 父の日も母の日も全部 お母さんを描いておけばよし!」

と 背中をバーンとたたかれました。

 

「そんなこと言ったって。。。」と

思いつつも、結局は

「なんで?」と訊いてくる友だちに

いちいち説明するのをめんどくさく思いながらも

「母の顔」を「父の日」に描いていました。

 

それでは 家庭の中に 父親はいなかったのかと

言えば、姿はなくても実は

存在していたように思います。

 

母は早朝から、夕方まで働いていました。

「仕事があることが ありがたい。

 あんたがいることも ありがたい

 だからこうして二人でおいしく

 ご飯が食べられる

 家は幸せいっぱいだねぇ!」

が、口癖でした。

 

そして私が父親がいないことをぼやくと

「しょうがないでしょ。

 いないものは いないの!

 うちには、お父さんはいないけれど

 お母さんはお父さんの分まで

 頑張るから仕事もするし

 家のこともするよ。

 だからいいんです!」

と、勝手に「いいんです宣言」をしつつ

それでも、

一人で、父、母の二役の姿を

私に見せようと頑張っていました。

また、世のお父さんがされそうなことを

一生けん命 私に与えようとしてくれた

ように思います。

 

それは キャッチボールだったり、

相撲の相手をしてくれたり、

巨人戦に連れていってくれたり、

出張先でおみやげを買ってきてくれたり等々。。

 

またいいことばかりではなく、

叱られる時は二人分のげんこつが

頭に飛んできました。

「これはお母さんのげんこつ

 これはお父さんのげんこつ

 ごつん ごつん の二連発!」

 

根暗な私がウジウジ悩めば

「細かいもんばっか気にしとると

 大きいもんが見えんくなるよ」と

名古屋弁で いつも豪快でした。

 

そんな母も 定年60歳まで

働きあげ、今はすでに80歳を過ぎました。

未だに私は母に頭が上がりません。

母は 今もなお、舌を巻く存在です。

 

先日も母が我が家に遊びに来たとき、

私と息子のやりとりを聞きながら

 

「あんたね、すべて子どもの話に

 答えを出しなさんな。

 あの子にはお父さんがいるんだから・・

 (私の夫のことです)

 大事なことはお父さんに相談するようにしなきゃいかんよ。

 たとえ、お父さんがその場に、おられんでも、

 お父さんの意見を

 大事にしようとする母親の姿

 見せんでどうするの!」

 

と するどい一撃を私に飛ばしました。

 

ひとり 二役の子育てを

心がけていた母が

家庭内で娘に示したくても

示せなかったものが

 

「尊重しあう親の姿」

 

だったんだなあ

と、その時 感じました。

 

「合点承知しました!深く反省いたします」

と 母の前で、未だに舌をペロリと出す

未熟な娘のままの自分がそこにいました。

 


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